「神をどのようにでも理解できる権利は全面的に確保されていて、裏の意味はない。これほどの権利があるのだから、スピリチュアルな面で成長したいのなら自分が信じるものに正直にならなければいけない」
ベーシックテキスト P.40
ミーティングのとき、軽い食事をしているとき、あるいはスポンサーと一緒のとき、NAの仲間たちがハイヤーパワーの理解について話しているのをよく耳にする。私たちも、ほかの仲間が信じているものに「足並みをそろえる」ほ
うが簡単なように思う。だが、だれも私たちに代わって回復できないように、ほかの人が考えるスピリチュアリティを自分のものに置き換えることはできない。私たちのために本当に働いてくれる神をどう理解したらよいかは、まず正直になって、自分で探し求めなければならない。
仲間の多くは、最初は祈りと黙想を通して探し求め、その後は、回復を経験しながら探したという。例えば、大変な場面に直面したとき、普段以上の力が生まれ、無事切り抜けることができたという経験はないだろうか。トラブルの渦に巻き込まれたとき、取るべき行動を静かに求めたら答えが分かった、という経験はどうだろう。そのとき私たちを導き、強さを与えてくれた力は、何だったのだろう。自分はどのような力を探し求めているだろうか。このような問いに答えていけば、自分のハイヤーパワーが理解できるようになるし、安心し、
自信を持って、私たちの意志といのちをその力の配慮にゆだねることができるはずだ。
たとえ、神についての理解が借り物であっても、とりあえずは救われるだろう。だが長い目で見ると、ハイヤーパワーについては、自分なりに理解を固めていく必要がある。なぜなら回復の道を歩む私たちを導いてくれるのは、そのパワーだからだ。
今日だけ:私はスピリチュアルな面で成長させてくれる自分より偉大な力を求 めてみよう。今日、私は自分の信じる心を正直にチェックし、私自身が理解す る神を考えてみるつもりだ。