2月17日  アディクト個人ではなく、メッセージを運ぶ

「分析を受け、カウンセリングを受け、諭 され、祈りを捧げられ、脅 かされ、 殴られ、監禁されようが、アディクトは自分のなかにやめたいという気持ちが ないかぎり、やめることはない」 ベーシックテキスト P.102~103


 回復のなかで私たちが向き合わなければならない最大の難関は、自分自身の アディクションだけでなく、仲間のアディクションに対しても無力なのだとい う事実を認めることだろう。スピリチュアルな目覚めを経験した私たちなら、 アディクトを説得でき、回復へ導くことができるはずだと思いがちだが、アデ ィクトを手助けすることには限界がある。
 アディクトに使うのをやめろと強制することはできない。彼らに代わってス テップを行い、その結果や成長を示してあげることもできない。彼らの孤独や 苦しみも取り除けない。本当に回復が実現するかどうか分からずに脅 えている アディクトに、アディクションのあのおなじみの惨、 めさなど捨てて降伏しろと は言えない。他人の心のなかに入り込んで、彼らが望んでいるものを変え、彼 らが選ぶべきものを決めてあげることもできない。
 けれども、彼らのアディクションを変えようと力づくになることをやめれば、 それが手助けになるかもしれない。現実に向き合わせるのは酷 かもしれないが、 向き合わせてみたら、彼らは成長を始めるかもしれない。私たちが彼らの肩代 わりをしないかぎり、彼らも自分なりにもっと実り多い結果を出せるかもしれ ない。私たちの人生は私たちにしか決められないのだとしたら、彼らも彼らの 人生を自分で決めようとするかもしれない。私たちがこういうことのすべてを 受け入れられれば、私たち本来の役割を果たすことができるだろう――アディ クト個人ではなく、メッセージを運ぶということを。


今日だけ:私は自分のアディクションだけでなく、だれのアディクションにつ いても無力であることを受け入れてみよう。私はアディクトのだれかではなく、 メッセージを運んでいこう。